「こもりくの里」初瀬と三輪素麺
先日(7月26日)仕事で「こもりくの里」奈良県の初瀬に行く機会がありました。この地を訪れるのは、数えてこれで5回目。最初は 牡丹の咲く春、次は雪の降る冬、またある時は、紅葉の秋だったりしましたが、同じ地でありながら、この初瀬は、それぞれ違う四季折々の風情があり、まさに日本の四季、そして今では数少なくなった日本の原風景と出会うことができます。今回は梅雨明け直前の夏。クルマを降りると、青田の風景とともに、盆地特有の湿気を含んだ何とも云えない噎せ返るような空気が私を迎えてくれました。それも午後からの夕立で、瞬時にして、木立も生き生きとした万緑を蘇らせ、まさにマイナスイオンがいっぱい降り注ぐグリーンシャワー。いにしえの人が好んでこの地を訪れたのも、むべなるかな、という思いがしました。
恥ずかしながら、初瀬一体を「こもりく」と呼ばれることを知ったのは、つい数年前のこと。それ以来、この地について俄然として興味がわき、図書館で関連の本を借りるなどして、いろいろ調べてみました。驚くことに、初瀬は古来から様々な書物に数多く記されており、当時の文化人にとっては、初瀬は「畏敬の地」であり、また「憧れの地」として崇められていたことが、よ〜く分かってきました。
初瀬の当時のイメージを、私なりの大胆な現代解釈をさせて頂き、そのキャッチフレーズをつけるとすれば「キャンペーンの抽選に応募して・・・一生に一度は行ってみたい『こもりくの里』」ではなかったかと。
■文学に見る「こもくりの里」初瀬(泊瀬)
=万葉集の中で=
隠国(こもりく、「く」は場所の意味)とは、両側から山が迫って、それに囲まれたような所を示す枕詞で、柿本人麻呂が万葉集で、次の歌をよんでいます。
こもりくの 泊瀬の山の 山の際(ま)に いさよふ雲は 妹に かもあらむ
事しあらば 小泊瀬山の 石城にも 隠らば共に な思ひわが背
万葉人がかくまでも思いを寄せたこもりくの山・川・里を詠った万葉歌は、他にもたくさんあります。
こもりくの 泊瀬の山は 色づきぬ 時雨の雨は ふりにけらし も
石走り 激ち流るる 泊瀬川 絶ゆることなく またも来て見む
=「源氏物語」と「枕草子」中で=
紫式部の「源氏物語」では、玉鬘の姫君が、京都から徒歩で来て、4日目に初瀬に着き、観音さまに詣でるくだりや、また、清少納言も「枕草子」の中で、「初瀬に詣づる人の必ずそこに泊るは、観音の縁あるにやと心ことなり」・・・など、初瀬と長谷寺について、平安文学では「初瀬詣出」がしばしば紹介され、清水寺や石山寺と並んで、この地が賑わった様子が描かれ、云わば日本三大名所のひとつとして紹介されています。
■信仰の地・・・初瀬・長谷寺
なぜ、これ程までに、文化人にとって「畏敬」と「憧れ」の地であったのか。それは長谷の里が、三方を山で囲まれている地理的なロケーションの要因もありますが、そこにある長谷寺の存在があったことは、云うまでもありません。長谷寺には国宝の「銅版法説相図(千仏多宝仏塔)」があり、そこに記されている銘文によると、道明上人が飛鳥浄御原の天皇のために成年に造立したという。これにより686年を創建の年とし、その後、神亀4(727)年に徳道上人が十一面観音を安置し、観音信仰の寺になったとか。
長谷寺の特徴は、本堂に至るまでの長さ二百米、三百九十九段の「屋根付きの石段回廊」。天井には灯籠が下がっている。息を切らせながら石段を登ると、本堂が現れる。間口九間、奥行き五間。本堂の前は、広々とした舞台があり、木造建築物としては東大寺大仏殿、吉野山蔵王堂に次ぐ規模という。慶安3(1650)年に徳川家光が再建し、堂内に安置されていた本尊十一面観音像も木造では国内最大級という。金色の御姿は、天文7年(1538)の作といわれ、本堂とともに国の重要文化財とされている。
また長谷寺は、「花の寺」としても有名で、桜、牡丹、石楠花、紫陽花、紅葉など、四季折々の花を愛でることもでき、写真愛好家には、被写体として、とっても魅力的な寺でもあります。
■三輪の里・・・盆地の地形と歴史が生み出した「三輪素麺」
「大和三輪素麺 名物なり 細きこと糸の如く 白きこと雪の如し ゆでてふとらず 余国より出づる そうめんの及ぶ所にあらず」(日本山海名物図絵1754年)
三輪そうめんの由来については、古い伝承があります。大物主命の後裔で、大神神社の宮司大神朝臣狭井久佐(おおみわのあそんさいくさ)の次男穀主(たねぬし)が、三輪の里の土地が小麦の栽培に適しているのを知り、種を蒔かせその小麦を原料にしてそうめんを作り、地域の生業を発展させようとしたのが始まりであるといわれています。
盆地である三輪の地の中心にあり、数々の歴史にその名を刻んだ「初瀬」、その風土が生んだ味の傑作、それが「三輪素麺」。長い歴史が伝統の味になり、磨かれた技が独特の風味を生みだしたと伝えられています。
■エピローグ・・・六代目・創作手延師 山下勝山さん
この段に至るまで、随分と長いイントロになってしまいましたが、今回の初瀬訪問のクライマックスは、六代目・創作手延師「山下勝山」さんの麺工房の訪問と麺づくりへのこだわりの取材。作務衣姿で現れた勝山さんは、数年前にお会いした時より、更にパワーアップされた印象で、まさに「巨匠」の風格たっぷり。工房見学の中で、原料の小麦、使う水、そして独自に編み出した製法など熱心に語られる六代目の喋り口に、この地における歴史の重みをご自身の創りだす作品(創作手延麺)で体現されていると、納得いたしました。
その麺工房の傍らで頂いた手延麺「一筋縄」は、まさに絶品。「余国より出づる そうめんの及ぶ所にあらず」という言葉がピッタリの味覚。巨匠の説明をお聞きしながら頂くので、またそのお味は格別。思わず何杯も「お代わり」をしてしまいました。一緒にご用意頂いた「柿の葉寿司」との相性もベストマッチ。歴史のロマンとこだわりの味覚を食し、大満足の一時を過ごさせて頂くことができました。
六代目 過日は、大変お世話になり、有り難うございました。 合掌
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