« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009年2月10日 (火)

私は貝になりたい 「BC級戦犯 加藤哲太郎 編」

先だって東京池袋のサンシャインシティで開催されたあるセミナーを受講してまいりました。そのとき私の頭の中をよぎったのは、以前に見たテレビドラマの中の「巣鴨プリズン跡地」を微かに示す石碑。

それは、平成19年に終戦記念番組として放映された「真実の手記・BC級戦犯 私は貝になりたい」のトップシーンに登場するあの石碑・・・。確かこの高層ビルの前にある小さな公園にあるはず・・・。

昨年末に劇場公開された映画のリメーク作品「私は貝になりたい」を見て更にその思いが、増してまいりました。「いつの日かあの石碑をこの目で見てみたい」と。

現地に到着し、それらしき公園であの「石碑」を探しました。公園の管理人さんにも尋ねてみました。「この公園に碑がありませんか?」、「なんの碑?」、「つまり、あの・・・」もどかしい会話をしているときふと目についたのが、ふたつの花筒。「あ!これだ」。

その石碑を目がけて小走りに駆けつけました。ひっそりとした佇まい木立の下にある碑の正面には「永久平和を願って」とだけしか記してなく、裏に廻ってってやっと「この地はかって巣鴨プリズン・・・」のくだりがまるで申し訳ないような銘板が収めてあった。

■加藤 哲太郎(かとう てつたろう)氏とは

(その壱)
日本初の『トルストイ全集』を刊行した父一夫と母小雪のもと、1917年(大正6年)2月21日に生を受け、1976年(昭和51年)7月29日没)。戦時中は、陸軍中尉・新潟の東京捕虜収容所第五分所長。

(その弐)
1940年、哲太郎は慶應義塾大学を卒業。その後1941年8月、徴兵検査を受け甲種合格。12月に召集され、中国大陸に出兵した。

1942年、内地に戻り、1944年には新潟の東京捕虜収容所第五分所長に就任。俘虜の死亡率が高く、赤十字社から視察の申し入れがあったため、俘虜を無事に越冬させるよう見込まれたのである。哲太郎は俘虜の待遇改善に取り組んだが、物資不足の状況では限界があった。そして運命の時がくる。1945年、二度の脱走を図った俘虜が銃剣で処刑される事件が起こった。

そして終戦の時を迎える。俘虜の一人に好意で逃亡を勧められ、姓名を変えて各地を転々とすることとなるが、その前に収容所の部下に対しては、罪は自分一人が引き受けるから、皆は助かれと言った。哲太郎は俘虜虐待と殺害の容疑で戦犯(BC級戦犯)に問われる身となった。

(その参)
逃亡生活は三年余に及ぶ。その間に戸塚福子と出会い、そして結婚した。運命は非常なもので、ついに1948年11月、東京・小平町の仮の住居で哲太郎は逮捕され、戦犯としてスガモプリズンに拘禁されることとなる。

1948年12月23日、長女・祈子が誕生したが、同日、横浜の第八軍事法廷において絞首刑の判決を受けた。家族は父の知人であった片山哲や、トルストイの三女でアメリカ合衆国に亡命していたトルスタヤなどに依頼し、再審請求の嘆願を行い、また独自に判決を不当とする証拠や証言を集めた。YWCA・YMCAの長老などからも、哲太郎助命嘆願運動への支援が寄せられた。

(その四)
1949年5月11日、哲太郎の妹である不二子はダグラス・マッカーサー元帥への直訴に及び、不二子はマッカーサーとの面会を許され、助命嘆願文を手渡した。5月16日、マッカーサー元帥により、異例の再審が認められた。その結果、加藤に好意的な米国人俘虜の証言が発見されたことも手伝い、6月24日、改めて終身刑の判決が下され、即日禁固三十年に減刑された。より正確には、書類審査による再審は加藤の他にも少なくなかったが、マッカーサー直々に原判決を破棄したのは、これが唯一の例でとなる。

(その伍)
獄中において、彼はそのエネルギーを執筆活動に注いだ。岩波書店の『世界』に密かに投稿し、10月号に「一戦犯者」名義で「私達は再軍備の引換え切符ではない」が掲載された。哲太郎は、再軍備や憲法改正への不満をそらすため、戦犯釈放と抱き合わせにしようとしていると吉田茂内閣を批判した。この内容に笹川良一らが怒り、筆者の犯人捜しを行った。しかし岩波書店は筆者を漏らさず、また服役中の戦犯に哲太郎の投稿への支持者も多かったため、やがて沙汰やみとなった。

約半世紀の隔たりの後、再びテレビドラマとして放映されたこの作品『私は貝になりたい・・・「BC級戦犯 加藤哲太郎編」』は、実録の戦争及び戦後体験をもとにしたドキュメンタリー。加藤哲太郎さんの本当の人生をリアルに追っていく。戦後さらなる生き地獄を体験し、後に作家として反戦活動を続けた男の、真実の生きざまが胸を打つ。その違いがドラマ全般を通して緊迫感がひしひしと伝わってくる。

■閑話休題
この作品では歌舞伎界のニューリーダー中村獅童さんの好演がひかる。また、生真面目な哲太郎さんを明るく、ぐいぐいと引っ張っていく飯島直子さんのキャスティングもいい。意外なところでは優香さんの役者としての「目力(ぢから)」にはびっくりした。ともかく近年のテレビドラマの中では秀逸な作品の一つと云っていいのではないか・・・。

■エピローグ
因みに加藤哲太郎氏は、私の父と同い年の生まれ。これも何か運命的なものを感じます。戦後60年、かの大戦そのものが風化されようとなっている今、一つの石碑が訴えている「永久平和を願って・・・」、この言葉の重みと有り難さを十分に噛みしめ、戦争で亡くなっていった多くの英霊に心から哀悼の意を表したいと思います。 合掌

写真はサンシャインビル前の東池袋中央公園にある慰霊碑です。

Sugamo1s

Sugamo2

Sugamo3

| | コメント (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »