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2009年7月

2009年7月11日 (土)

海洋葬 〜 友との永遠の別れ 〜 最終章

とうとうその日がやってきました。彼が望んだ海、多感な少年そして青春時代を過ごした「鳥羽の海」の沖合で海洋葬を体験しました。

陸の上にある「鳥羽商船学校の校舎の見える海で俺の骨を散骨してくれ・・・」、それが彼の遺言。

まるで全力疾走で駆け抜けたのような彼の人生・・・出会いは中学2年生の時、たまたま1年間同級だったこと。それがきっかけとなり生涯の友として、互いに切磋琢磨できたことは、私にとって最大の喜びです。

私にとって彼は「誇れる友」、彼にとって私はと思うと・・・とても気恥ずかしい思いが致します。

■海の青、そして白い遺骨・・・

梅雨時でしたが、今日の空は曇りながら時おり陽がさすまずまずの天気。チャーターした船は静かに鳥羽の港を出港し、商船学校と練習船が見える池の浦の沖合で停泊。

「お〜い、とうとう来たぞ」「お前の望んだ鳥羽の海だ」「学校の校舎が見えるだろ〜」。白い遺骨が、静かに青い海の中にとけ込んでゆく。
大好きだった「お酒」とともに花束を海面にそっと手向けると「ありがとな〜」という声が空から木魂のように聞こえてきました。

海面におこるさざ波も「彼の嬉しい表情」に映り、思わず胸の中から熱いものがこみあげてきて「こちらこそ、ありがとな〜」と言葉を返しました。

■至誠一貫・質実剛健・知行合一

彼から学んだものはこの言葉。強いもの(体制の枠組み)に敢然と立ち向かう姿は中学生時代から一貫しており、商船学校、社会人になってもそれはそれは全くぶれることはありませんでした。かっての三船敏朗さんではありませんが「男はだまって」・・・そんな言葉がとても似合う男の中の男でした。

野球はもちろん中日ドラゴンズの熱狂的なファン。その応援ぶりは凄まじく対戦相手の応援団の中でも臆することなく熱烈な声援をおくっていました。

■エピローグ・・・「瞼の母」、いや「瞼の友」

その彼も今は天国できっと私たちを見守ってくれていることでしょう。「しっかりやれよ」と。

ここで、いつものごとく「瞼の母」の銘セリフを思いだしました。「会いたくなったら、じ〜と両の瞼をつむるんだ」「そうすると、いつでも元気な彼の姿が目に浮かんでくる」と。

I have a best friend forever in my heart .

両の掌を合わせ、合掌。

写真は商船学校が見える鳥羽の海と3代目の練習船・鳥羽丸です。

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Ss

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2009年7月10日 (金)

2009コンサートツアー サイモンとガーファンクル ナゴヤドームライブの速報!

夢か真か・・・この目と耳でサイモンとガーファンクルのライブを体験。その距離、直線にして約50メートル。彼らの息づかいまでは聞こえませんが、PAを通してビンビンと体の五感いっぱいに熱気が伝わってきました。

興奮覚めやまぬ間にと、ブログの筆をとりました。

■ポピュラー音楽史上最高のデュオ

あれから40年余。映画「サウンド・オブ・サイレンス」で初めて二人を知って以来、生の歌声(ライブ)を体感するのは当然のことながら、これが初めて。

風貌は若干の年輪を感時させるものの、美しいハーモニーはデビュー当時そのもの。

名曲「ミセス・ロビンソン」、「明日に架ける橋」、「コンドルは飛んでゆく」など・・・もちろん「サウンド・オブ・サイレンス」など往年の名曲の数々に感激!
熱いアンコール応え、律儀に3回も応えてくれました。最後の曲は「Cecilia」。

■瞼の「サイモンとガーファンクル」・・・。

曲の途中、ふと考えてみました。自宅に帰れば、いつでもDVDで「セントラルパークコンサート」の有り様が見られる。が、しかしこれがライブだ、と思い暫しの間両の瞼をつむりじ~と音だけを聴いてみました。

この感激、この体感を一生の宝物にして人生の糧にしていきたいと思います。

Thanks for your kindness and love.

■付録

ブログ左上の「お気に召すまま」に「いとしのセシリア」のサイトにリンクをはらさせていただきました。よろしかったらご覧ください、

Ss

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2009年7月 2日 (木)

サイモンとガーファンクル             アリーナ席のプラチナチケットを手にして・・・

ついにとうとう、幻のプラチナチケットを手にすることができました。彼らの音楽を聴き始めて40年余・・・この感慨はひとしおです。

あと数日でナゴヤドームのライブが始まり、自分がそのアリーナ席にいると思うと今から胸の高まりをおさえることができません。

サイモンとガーファンクル、彼らの音楽そして生き様そのものが「自分の青春=人生」と思っている小生にとって、これは今後おそらく二度とない体験となることとと思います。


■サイモンとガーファンクルとは・・・

ここであらためて「サイモンとガーファンクル」について振り返ってみたいと思います。

小さい頃から友人であったポール・サイモンとアート・ガーファンクルがレコードデビューしたのは1964年のこと。

それから1970年までの短い活動期間のなかで発表された5枚のオリジナルアルバム。それと忘れることのできない映画サウンドトラック盤『卒業』を残して活動を休止。その短い音楽活動期間を通して世界の音楽ファンに与えたインパクトの強さは計り知れないものがありました。

映画『卒業』のヒットにより「サウンド・オブ・サイレンス」「ミセス・ロビンソン」などが大ヒット。その他にも「スカボロー・フェア」「早く家に帰りたい」などどたくさんのヒット曲が生まれました。そして1970年「明日に架ける橋」「ボクサー」「コンドルは飛んで行く」「いとしのセシリア」という名曲を収録した『明日に架ける橋』を発表後に解散。それぞれがソロとして活動することとなる。

その後1981年9月19日、ニューヨークで、たった一度の再結成コンサートが行われなした。
これは公演緑化運動に対する無料チャリティーコンサートとはいえ、およそ53万人が集まったという正に歴史的なコンサートでした。それから約30年、ゆっくりといや、あっという間に時が過ぎました。

■エピローグ

これほど人生の師匠と仰ぐほどの「サイモンとガーファンクル」。あと数日で同じ時間を共有し、ドームの中で同じ空気を吸い時間をともに共有することができる・・・ひょっとして自分の人生のなかでも忘れられない特別な一日になるかも知れません。

写真は約40年ほど前に買ったレコードのジャケット、そしてプラチナチケットです。

1sss

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