芸の為なら女房も泣かす・・・沢田研二と藤山直美さん共演の「桂春団治・御園座公演」を観劇して
あまりにも有名なこの文句、それを地でいったのが、上方落語界の革命児・初代「桂春団治」。型破りな芸風で大正から昭和初期の時代まで一世を風靡した、落語会の怪人物。その生き様を舞台化したのが、今回の御園座公演。
GS出身の「ジュリー」こと沢田研二と藤山直美さんとの共演・・・「さても一座の皆様よ~」と、河内音頭など口ずさみたくなるウキウキとした気分で名古屋・伏見の御園座へ向かいました。
■桂春団治とは・・・
初代桂春団治は型破りな芸風で大正から昭和の初期にかけ絶大な人気だったという・・・女遊びに借金漬け。「常識破れをしてもどこか許されてしまう・・・」やはり異能な才覚をもった芸人だったのだろうか・・・。
後の時代の芸人さんに例えて云うと「藤山寛美」さん、「横山やすし」さん。「遊ばん芸人は、花が無うなる・・・」とばかりにいづれの人も芸は確かだが、金遣いも破天荒・・・。何故か共通点は「関西芸人」。
■お芝居のあらすじ
大正初期の大阪。若い桂春団治(沢田研二)は、古いままの落語に我慢できず、その型を打破し新しい芸を生み出そうと、無茶苦茶な暴れん坊振りで高座はやんやの拍手。庶民の人気はうなぎ昇りだった。しかし、落語通からは批判を受けるし、古参の師匠達からは妬みを買い目の敵にされる始末。
それでも持って生まれた強い星回りと、女房おたまの陰の苦労に支えられ、勢いに乗る春団治。酒、女・・・派手な遊びは醜聞を起こし、絶えることがなかった。
そんなある日、京都の旅館「高村」の娘、おとき(藤山直美)が春団治を訪ねて来た。春団治に妻がいることなど露知らず「嫁はんにしてやる」という言葉を純粋に信じて親に逆らい家を出て来たのだ。しかも、おときは春団治の子供を身籠っているという・・・。(劇場案内のパンフレットより)
以下は、観てのお楽しみ。
■閑話休題 〜 浪花と江戸の文化の違いとは・・・
気っ風の良さが自慢の江戸っ子の芸人さんと、浪花の芸人さんとは、やはり何かが違う。プロ野球でいうと阪神タイガースと読売巨人軍。
己の本能の為すがままに貫き通すのが、浪花の世界。一方「気取った気っ風の良さ」で見栄をはるのが「江戸っ子気質」。文学の世界でもはっきりとその違いが見られます。
近松門左衛門の「世話物」では、理性を超え本能のまま自分の生き様を貫く・・・そして行き着くのは、道行き(心中)。
一方、お江戸の例を挙げると泉鏡花の「婦系図」では、主税が『お蔦、何んにもいわずに、この俺と別れてくれ』という台詞がいとも簡単に飛び出す。本音を言う前に、見栄の方が勝ってしまう。
どちらか正しいのか、間違っているのだか分かりませんが、東西の文化の違いをはっきりと感じることができます。
■観劇を終えて
ジュリー(沢田研二)といって思い出すのはGS時代の「モナリザの微笑」。『雨がしとしと日曜日・・・』ではじまるこの曲は、私の甘酸っぱい青春時代を思い出させる。彼のこの曲がラジオ京都から一日に何度かかったことか・・・。
正直言って「ほんとの雨の日曜日」にかかるこの曲は、下宿住まいの貧乏学生には、とっても切ない曲に聞こえたものです。そのジュリーが春団治の役を演じるとは、まさに隔世の感。
一方相方の藤山直美さんが演じる「おとき」さん役は、あまりにも「はまり役」 。スピード感あふれる軽妙さがあると思えば、しっとりとした場面ではじ~んとくる台詞まわし。これぞ父・藤山寛美さんから受け継いだDNAがなせる業か・・・。
■エピローグ・・・はんなり3時間半
「師走の名古屋に春団治」と銘うった、この公演はギスギスした今の世相を暫し忘れさせてくれた癒しの時空。2回の休憩を挟んで約3時間半・・・。
その長さを忘れさせてくれる「はんなり」した気分で御園座を後にしました。
ブログ左上の「お気に召すまま」に都はるみ・岡千秋さんの「 浪花恋しぐれ」のサイトにリンクをはらさせて頂きました。よろしかったらご覧ください。

























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